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COLUMN

10-week series of morning Yoga 三昧(サマーディ)への道*

give & give|やさしさに包まれて

先月から始まったmorning Yogaのクラスも今日で4回目を迎えました。

振り返ると、最初の3回は試行錯誤、trial and errorの連続だったように思います。

それは私だけでなく、きっと参加してくださる皆さんにとっても。


「どんな人だろう?」「何をするんだろう?」「これであってるのかな?」などなど、

いろいろと気になったのではないかと想像します。


そして、今日。

私自身も、生徒の皆さんもだんだんと慣れてきて、コミュニティもできてきて

クラスに身を任せてくれているのをひしひしと感じました。


笑顔、信頼関係、温かさ・・・

そこから始められる空気感は本当に心地良く、“今ここ”に集中できます。


ヨガの練習という自分自身と対話する時間を通して、心も体もしなやかに整えること。

そして、また頑張ろう、これをやってみよう、などと思ってもらえたなら

こんなに嬉しいことはないのです。



今のクラスにフィットするシークエンスをつくり、その背景や効果も英語で伝えることも、

本当に少しずつですが挑戦できるようになってきました。


今回一番良かったことは、

慣れてきたこと・準備をしっかりしたことで、私のクラスに対する不安な気持ちが減って、

自信を持って進められたことかなと考えています。


そのような状態では、自分がどう見られるか?などと考えることは越えて、

“皆にいい時間を過ごしてもらいたい。そのために何ができるか?”ということに

集中できるようになります。



次の課題は、私が皆さんをアジャストする時間をもっと増やしていくこと。

デモなしのインストラクションでも迷いなくシークエンスの流れに乗ってもらえるように、

練習を重ねていきたいところです。



“与えているようで、与えてもらっている。

この行いとそのつながりそのものが喜びと直結している。”


クラス後にそんな想いがふつふつと湧き上がりました。

たくさんのやさしさに包まれた時間に心から感謝します。 Namaste*



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“TAD EVARTHAMATRA NIRBHASAM SVARUPA SUNYAM IVA SAMADHIH.

三昧(サマーディ)とは、この瞑想(ディアーナ)そのものが形を失ったかのようになり、

その対象がひとり輝くときのことである。” by Swami Satchidananda

III-3

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これについてはあまり多くを語ることはできない。それは少し体験すればすぐにわかる。

瞑想(ディアーナ)は、“サマーディ”の状態で頂点を極める。サマーディは、修習するのではない。

誰もサマーディを意識的にすることはできない。われわれの努力は瞑想までである。

あなたは、ダーラナーにんあらゆる努力を傾ける。そして、ディアーナではそれが無努力となり、

あなたはただ、自分が瞑想状態にあることを知りつつそこにいるだけである。

ところがサマーディでは、あなたはそのことさえ知らない。それを知る“あなた”はそこにはいない

– なぜなら、あなたがそれなのだから。

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