The wheel goes round|進み続けること
進み続けることは楽しいことばかりではないけれど、
むしろ前に進みたいのに今とのギャップを目の当たりにして苦しくて辛くて逃げ出しそうになったりもするけれど、
何にも変えられない喜びがそこにあるから。歩みを止めないで進んで行こう。
という、決意のコラムです。笑
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1月22日、初めての朝ヨガのクラスには、20名もの皆さんが参加してくださり、
ヨガ自体が初めての方もちらほら。
日本人の方は5名ぐらいだったので他はアメリカ人含めいろいろな国と地域の方々でした。
内心、「わ〜どうしよ〜!」という気持ちと、「嬉しい〜!」という気持ちがごちゃまぜ!
初めは「やらなきゃ!」という感情で強張っていた私の体も、ヨガで深呼吸するうちに、
「だんだんとこうしたい!これが好き!」という感情が盛り上がってきて不思議とスムーズに動くように。
最後は「やりきろう!」というエネルギーで最後までやり遂げることが出来ました。
途中手が震えるほど緊張したり、ふっと笑顔になれる瞬間があったり、
スローモーションで思い出せる瞬間があるほど、75分間の中にもたくさんのドラマが・・・笑
それはきっと生徒の皆さんも同じで
最初はぎこちなかった動きやなんだか落ち着かない気持ちだったかもしれませんが、
最後は呼吸が深くなって、心も体もしなやかに、内側から温まっていたようでした。
願わくば、ヨガってなんかいいなぁとか、私も楽しめるなとか、また来たいなと思ってもらえたら
こんなにヨガインストラクター冥利に尽きることはありません。
クラスが終わった後には、皆さんから温かい拍手と嬉しい言葉の数々。
“Your lesson was so gentle. I've been taking a lot of Yoga class, but you are really nice! I like your style.”
“The class was amazing! I truly enjoy it! You are very professional teacher.”
“You are so sweet! I will come this class every week.”
こう振り返ってみて思います。
こんなに夢中になって、終わったとき涙が出るほどほっとして、
生徒さんの言葉が泣けるほど嬉しいことなんて、そうそう人生で出逢えることではないと思うのです。
“エゴを捨て、献身の境地に至ることができる仕事”
・・・それが私にとってのライフワークのひとつの定義かもしれません。
ヨガの後、部屋全体に生まれる一体感が堪らなく好きなのです。
ボストンに住み始めてからちょうど半年だったこの日、
なんだか目の前の世界からプレゼントをもらったような1日でした。
「あなたは大丈夫だからこのまま進みなさい」と言ってくれているような、そんな気分。
皆、日常のなかで日々いろいろなことがあります。他人には分からないこともたくさんあるでしょう。
そんなとき、そっと心と体の強張りをほぐすような、寄り添えるような場所があるという安心感が
感じられるような時間・空間を目指しています。私自身がそうしてヨガにたくさん助けてもらったから。
これからも、肩の力を抜いて、笑顔で、
今ここで一緒にヨガができる喜びを分かち合えますように。
3月末までの10週間のプログラム、心を込めてつくっていきます。Namaste*
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“DESABANDHAS CHITTASYA DHARANA.
集中とは、心を一つの場所、対象、あるいは観念に縛りつけておくことである。” by Swami Satchidananda
III-1
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“TATRA PRATYAYAIKATANATA DHYANAM.
瞑想(ディアーナ)とは、そうした対象への認識作用の絶え間ない流れである。” by Swami Satchidananda
III-2
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チッタすなわち心の総体が、一つのものや一つの場所に縛られているとき、それは“ダーラナー”の状態にある。
言うなればダーラナーで、あなたは心を“しつけて”いるのである。そしてそれが瞑想の始点である。
集中は瞑想の始点であり、瞑想は集中の極点である。いずれにせよ、それらは切り離すことができない。
・・・
ヒンドゥーの聖典は、この“絶え間ない流れ”を非常にうまくたとえている。それは、油を一つの壺から別の壺に
注いでいるようなものだと言うのである。それは一筋の糸のように流れる。それには切れ目がない。
心は固定されている。瞑想者と瞑想対象の間の連絡は、不動である。それがいわゆる“ディアーナ”である。
したがって、通常われわれがしているのはダーラナーである。ダーラナーの長い訓練の後に、“認識の流れ”が
徐々に長く伸びていって、ディアーナになるのである。
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