2年間の別居婚を経て想うこと
- 2017年12月4日
- 読了時間: 3分

Believe in each other|育てる絆
私たちが入籍したのは2015年1月1日元旦!そして、引越しを伴う同居を始めたのは2017年3月。
それまでの2年2ヶ月間は、結婚していても同居はしていない、いわゆる別居婚でした。
自分たちや家族は納得していた別居婚でも周りの反応は様々で
「早く同居するべきだ」と暗に言われることもありました。
それはきっと親切心からだと分かっていても、
ふつうって何?と思ってしまったり、胸にちくりとする感情があったことも事実。
どうして?と自分に問いかけてみると、
ひとつは、そばにいたら生活面・精神面でもっとサポートできたのではないだろうか?という気持ち。
(冷静に考えると超優秀なメイドさんが居てくれて生活面は問題なし、
精神面は同居よりもお互い目標を持って頑張っている状態がベストと判断したことに変化はないのですが)
もうひとつは、それが友人や身近な人だった場合、自分を分かってもらえていないような寂しさ。
(共感までいかなくとも、認めて欲しい気持ちはあったり)
ついでに、妻としての責任放棄だと、世間様から責められているような気持ちも無きにしも非ず・・・
(被害妄想強め^^;)
しかし、実際は良くも悪くも他人事。
結局は夫婦・家族のことは本人たちにしか分からないこともあるし、何よりその人たちの人生。
↑で()の中に書いたような心の叫びをいちいち説明するのも何なので話さないですが、
このような気持ちの変化を経て、私自身も変わったところがあります。
自分の知識や常識と異なる事柄と出逢った時、一時的な情報で判断するのではなく、
「なぜその人はその決断をしたのか?」と背景から考えるようになりました。
もしかしたら、私も無意識のうちに、自分の狭い価値観や経験から発した一言で
誰かの柔らかいハートを傷つけているかもしれない、と思ったからです。
とっても優しく、包み込むような思いやりに溢れた人。
そう聞いて、思い浮かぶ笑顔がいくつもあります。
もしかしたら、たくさんの経験を経て、他人の気持ちも自分のことのように
感じられるようになった人なのかもしれません。
まとめると、2年間の別居婚を経て思うのは、
「決断したら自分たちを信じるしかないということ」
「いつでも自分の知っている範囲は全体の一部でしかないという前提でいること」
「何事も決めつけず、想像力を働かせること」
お互いに、あの日々がなければ達成できなかったかもしれないことがあり、
出逢わなかったかもしれない人もたくさんいることを思うと
やっぱりこれで良かったのかなと感じています。
そして、変化に応じて、関係性を更新してゆくことも大切したいと思います。
これからも別居婚の日々があったからこその今に感謝して
日々過ごしていけますように。

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